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「いててっ! ミリナ、もっと優しくしてくれよ!」
「兄さんがそうやって無駄な傷ばかり作るのがいけないんです」
幼い頃のいつかの日。
「無駄ってことはないだろう!」
「いいえ。あの怪我した人には私がついていたんです。危ない攻撃からは私が守るつもりだっ
たんです」
「うっ……それでもなっ! ミリナを危険な目に合わせるわけにはいかないんだよ!」
「……無理しないで下さいね」
本当に無茶ばかりして。
後先を考えないのだから。
「お前も似たようなもんだろ?」
記憶にはない言葉を兄が発した。
「どうだ? 少しは俺の気持ちわかったか?」
その声は決して忘れることのできない――
「やっぱりお前は俺の妹だよな」
最期の最後まで無茶をしてばかりの―――
「いいんだよ、俺は。世界で一番大切なモンを守れたんだから、さ」
私の愛する―――
「お前に復讐なんて似合わないぜ。俺は知ってるぜ、本当のお前をさ。……だから、見せてや
れよ。何かを守る強さってやつを」
兄さん。
「いけよ、ミリナ。お前は俺なんかより、ずっと強ぇんだからさ。あんなやつぶっ倒しちま
え」
はい、いってきます。
「……忘れんなよ、ミリナ。俺はいつでも―――俺の想いは―――」
「ミリナっ!!」
はっ、と意識を取り戻す。すぐに辺りを確認する。
カズサが心配そうに私を見上げてる。よかった、傷はないみたいだ。私は……服はボロボロ
で、体の方は―――これは酷いですね。血で濡れてぬトコはないほどだ。
死神は……まだ先ほどの位置にいる。
どうやら意識が飛んでたのは一瞬だったらしい。
今のは―――と、頭に浮かんだ疑問に先回りして答えるかのように、ぽぉっと胸の辺りが暖
かくなる。
その暖かさは、私が長年燃やし続けた黒い火なんかよりも、負けないほどの強さと優しさを
持った赤い火。
ずっと灯っていた火……。そうか。そうでしたね、兄さん。
「カズサ」
急に呼びかけられて驚いたようだった。
「な、なに? だ、大丈夫……ミリナ?」
彼女の顔は真っ青だ。涙で顔が酷いことになっている。心配させてしまってるみたいですね。
「はい。……貴女を、アズサくんを、そしてこの町を守ってみせます。だから、一つお願いが
あります」
「な、なに? なんでも言って!」
彼女は悲痛な顔で言ってくる。ああ、安心して。死ぬ前の最期のお願いみたいなものじゃな
いから。
「そこで応援していてください」
「え?」
ぽかん、と。想像もしていなかった言葉だったようだ。
「ああ、それと、終わったら暖かいシチューをお願いしますね。とびきり美味しいのを」
「え……あ…うんっ!」
どうやら私の無事は伝わったらしく、彼女の顔に笑顔が戻る。月並みな言葉だけれど、やは
り彼女の顔には笑顔が一番だ。
「なら、頑張れます」
私はついていた膝を上げる。
体は嘘みたいに軽い。
ゆっくりと息を吸い込んで―――
そして、―――私の火を点火する。兄さんの熱い赤い火と、私の静かな青い火。
二つが重なりあって、紫の炎へと変わる。
瞬間、一気に私の体から炎が溢れ出る。ボロボロだった体は嘘みたいに治っていた。
「いきます、死神。貴方のツルギを折ってみせます」
ふっと、消えたかのように死神に近づく。死神も一瞬驚いたようだったが、反応したのは流
石としか言いようがない。
しかし、それでは私の一撃は止まらないっ!
この胸にある炎は確かなエネルギー。それまでのモノとは同じハズがない。桁が違う。
ヤツの剣を弾き飛ばし、私の放った一撃はヤツの脳天に吸い込まれるように決まる。
吹き飛びこそしなかったものの、ヤツは堪え切れずに、大きく仰け反る。
次の一撃ッ―――と、思ったところで私の体は意思に反して、大きく後退した。
「――!?」
そして、すぐに悪寒が追いついてくる。
「フ――――」
仰け反ったまま、
「フハ、フハハハハハハハハハハッッ!!!!」
ヤツは大声で笑う。本当に楽しそうに。
そして、勢い良く体を戻し、
「見事! 見事だッ! ミリナ・アズサ!!!
死を覚悟するほどの一撃ッ! この感覚ッ! 久しい! 実に久しく、心地いいぞぉッ!」
ヤツの額は割れていた。しかし、そこから溢れ出るのは血ではなく、黒と赤の闇。
「ハハハハハハハハハハハハハ―――満足だ! 永き人生でこれほどの充実感はないわっ!
もういらぬ!! 言葉も! 理性も! 感情も! 吾にあるのは闘争本能のみ!!!
ぬははははははははは―――ハァッッ!!!!!!」
大笑いのあと、裂帛の気合と共に、ヤツの全身がひび割れ……そのまま割れる。
あふれ出す黒と赤の闇が全身を覆う。
「グルルルゥゥゥァァアアアアアアアアオオオオオオオオオオォォォッッ!!!!」
そして、ヤツは本当の戦うだけの存在……一つのツルギへと化した。
黒く、赤い巨人が迫る。
私も力を溜めて迎え撃つ。
ヤツが振り下ろし、私が振り上げる!
ぶつかる剣と刀。しかし、負けたのは刀…私の方。
強い。とんでもなく、強い。
私の体は吹っ飛び、転げまわる。
すぐに立ち上がろうとするが、正直厳しい。口から血が溢れ出る。
「もう無理だ! あんなのに勝てるわけねぇ!!」
誰かが叫ぶ。
「助けて……頑張ってくれよぉ……」
別の誰かはもう腰がぬけて逃げ出すことすらできないでいる。
「ミリナ……」
カズサも恐怖で震えている。
絶望が場を覆い尽くそうとする。
「……―――貴方、明日はどんな風に過ごしますか?」
「は?」
突然私に声をかけられた誰かは混乱する。この状況だ。無理もない。
「明日は、どんな日ですか?」
「な、なにを―――??」
「明日は……ありません」
「は―――お、おい?」
「明日は…何もありません。いつもと同じ日です。朝起きて、仕事にでかけて、疲れて、帰っ
て…また明日って寝るんです。……そんな当たり前の日です」
「え―――あ、うん……」
誰かはもう私がおかしくなってしまった、と思っているみたいだった。
「そんな普通を守ります。私が。『あなた』の明日を」
誰でもない誰かの明日を守るために――。
口にしてみたかっただけ。自分の耳をその言葉で震わせたかっただけ。
でも。そしたら、立ち上がれた。力が溢れた。刀を握れた。
ならば、あとは勝つだけだ。
呪われた命喰らいよ。力を貸して。
ぎゅっと刀を握る。暖かかった。
迫り来る大嵐。赤と黒のコントラストのタイフーン。
刀を振り被る。
ソウルイーターが炎を放つ。光が踊る。まるで、そう新たな誕生を祝うかのように。
「はああああああああああああああああああああっっ!!!!!」
光の一閃。ソウルイーターの全解放。そこから溢れる炎の奔流に私の魔力を重ね合わせ、
加速させ放つ――夜の空に穴を穿つ技『超新星』。
私が使える最強最大の技だ―――
「ヌオオオオおおおおおオオオオぉぉォォオオオおオオオおおオオっっっ!!!」
―――が、それでもヤツはそれを受ける。私の刀はヤツの剣とぶつかり合う。
ぎりぎりと押されそうになる。ここで押し負ければこの力は私に全てふりかかり…今度こ
そ確実に死ぬ。
ソウルイーターに亀裂が走る。ここまで―――!?
「ミリナァアアアアアアーー! 頑張れええええええ!!!」
絶叫に近い、彼女の声が聞こえる。
「…そ、そうだ! 負けるな!!」
「がんばれ!!!」
「負けちゃダメだああああ!!!」
声が聞こえる。想いが、願いが届いてくる。
ミリナ、そんな刀は関係ないだろ。強い一撃ってのはそんなモンから生まれるんじゃねぇ!
そうだ。その通りだ!
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
裂帛の気合と共に込める。兄さんが教えてくれたものを。
私の―――……っ!!!
「ぬぅぅぅううう……おおおおおお、オ、ォオ……!!!」
降りぬいた先には。
体が半分が光と共に消え去った死神のツルギが立っていた。
「み、ごと…だ」
崩れていくヤツの体。
「人の器のまま…思いのままに、強く、なり……果てに、いたのは…お前か……」
私は…その様子を……どういう感情をもって見ていいか、わからないでいた。
「悪くなかった、ぞ……」
……哀れ、としか思えなかった。
そうして、静かに、――妄執に獲り憑かれた鬼は消え去った。
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