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 町はすぐに平穏を取り戻した。被害は(それが『二人』の戦いが出したもの、と考えると甚
大だが…)それほどでもなかったし、時間にしても一時間にも満たない程度の騒ぎだった。
 町の大半の人は結局何があったのわからず終いだったし。
 戦いが終わると同時に彼女は倒れこむように寝てしまった。一晩経ったら外傷はほとんど治
ってしまった。普通の体じゃないとは思ってはいたが、流石に驚いた。
 結局、彼女が私の改心の出来のシチューを口にしたのは、戦いが終わって三日後だった。
 起きてからの彼女は別人のようだった。前にあったどこか暗いイメージは消え去っていた。
 それは復讐を遂げたから、といった感じでないのは私にも感じ取れた。
 いつだか、気になって聞いてみたこともあった。そしたら彼女は、はにかんで、
「起きたら突然元気が出て、よぉしやるぞ!ってなったんです」
 なんて言ってた。もうっ。

 そうして三ヶ月ほど一緒に暮らした。

「いっちゃうの?」
 荷物をまとめている彼女の背中に、声をかける。
「はい。もうすぐ春もきますし。正直、長居しすぎました」
「別に気にしないで、ずっと居てもいいのよ?」
「あ、いえ。気にはしてませんけど」
「なによーそれー」
 と、二人で笑いあう。
「…故郷に花を添えてきます」
「…そう」
 ふと、彼女はこのまま消えてしまうような気がした。
「ミリナ?」
「はい?」
 その後になんと声をかけていいものか悩んだ。結局、続けることはできなかった。
 元々彼女の私物は少ない。荷物まとめはもう終わったみたいだ。
「……さて、では行きます」
「うん。ほら、アズサ」
 アズサを抱き上げて、彼女の方へと向ける。
「あぅーぃー」
「はい、ミリナですよ。アズサくん、少しの間お別れです」
 彼女のひとさし指とアズサが握手する。
「またすぐ帰ってきてよね」
「はい。必ず。元の体にも戻ろうと思ってますから、少し帰ってくるのは時間かかりますけ
ど」
 も、もとのからだ?
「ええ。昔に元の体の方は損傷が激しくて回復するのに時間がかかる、とのことでしたので、
ホムンクルスであるこの肉体の方に精神とか色々を移したんです。年もとることもないし、
色々便利なんですけどね」
「そ、そうなんだ…」
 なるほど。それの効果で傷の治りとかが早いのか。
「それに…恋というものもしてみたいですしね」
「……よかった。前に進むのね」
「……はい。私がこれからどんな道を歩もうと、決して消えないものがありますから」
「うん、それでいいと思うよ」
「ああ、そうだ。このままの体でアズサくんが大きくなるまで待つというのも手ですね」
「……ほんき?」
「ええ、割と」
 ペロ、と小さな舌を出して笑う。
「その時は姑として厳しくいかせてもらいますからね!」
「問題ありません。私の方が料理にせよ、うまくなってみせますから」
 こうしていると本当に楽しい。この三ヶ月、毎日笑ってばかりだったように思う。
「……それじゃ、また」
「ええ。またね」
「あぅー……」
「アズサくんもね。またね」

 そうして彼女は去る。

 青い空の下。雪はまだ残っているが、その下には確かに新たな季節が待っている。

 彼女の背中からは静かで綺麗な歌が聞こえた。




  それは決して憎しみに彩られた歌ではなく、
                 新しい季節を祝う歌だった――












                                   ・終・
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