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「ふっ!」
裂帛の気合と共にヤツの右肩を斬り裂――否、裂けない。この程度の攻撃ではやつの肉体に
傷をつけることは不可能。
「ぬああああああああああっ!!!」
ヤツは私の攻撃など気にも留めずに、その強大な力を込めた一撃を叩き込んでくる。
こちらとしてもそんな攻撃は喰らわない。余裕を避ける。
ダメだ。現状じゃまだダメだ。溜めろ、やつを穿つ力を。
私は力を溜めることに集中する。そんな私に向かって攻撃をしてくるが、こちらはそんなこ
とにかまってはいられない。ヤツの剣の腹を叩いて、軌道をずらす。
ヤツの全力の一撃ならば私如きでは――この肉体が特別性だろうが関係なく――弾くことな
どできないはずだが。
準備運動のつもりか? 悪いが、こちらはそんなのに付き合うつもりはない。ゆっくりと体
から息を吐いて、精神を統一する。ヤツの攻撃の防御は体の勝手な反射に任せる。
心臓は早鐘のように脈打つ。全身を駆け巡る血はまるで激流のようだ。四肢がさらに力を漲
らせる。
ソウルイーターもその呪われた力を解放する。ソウルイーターから放出される魔力と私の体
から溢れ出る魔力が混ざり合い、それは魔力の嵐となる。
目を見開き、ヤツを捕らえる。ヤツもこちらを察し、距離を取る。無駄だ。逃がすわけがな
い。
私はヤツ目掛けて飛んでいく。それはまるで一つの弾丸。
技の名前などないが、兄はこう呼んでいた。決して退がることのない決意を以って放つ一撃。
最大突撃・不退転、と。
「ぬっ――!?」
魔力で爆発的な勢いをつけ、自身の体ごとやつに突撃する。
「がああああああああああああああああああああっっっ!!!!」
ヤツの体が周りの建物を巻き込み、吹っ飛ぶ。
くそ、なんてことだ。本当ならこの一撃で決めてしまいたかったが、それはいくらなんでも
甘すぎたか。しかし、それ以上にこの程度の威力しかでないなんて……。
確かに体は少しはまともに動いてはくれているようだが、これではまだ届かない。やつには
届かない……。
案の定、ツルギは瓦礫の中から何事もなかったかのように立ち上がる。
「くっ――!!」
しかし、だからと言って、もはや退けはしない。
「あああああああああああああああああああああっっ!!!」
叫び声をあげてヤツに飛び掛る。そして出来る限りの攻撃を繰り出す。何度も何度も。
しかし、今度はヤツが事も無げに受け流す番だった。
「……よもや先ほどの攻撃が全力ではあるまいな? ……貴様の兄は吾をもっと楽しませてく
れたぞ」
なんだ、と―――?
「その程度しか力がないようであれば、吾の思い違いであったか。……貴様は兄を超える逸材
かとも思ったのだがな」
貴様が―――
「草葉の陰で泣いているのではないか? ――ムラマサがな」
「貴様が兄さんを語るなあああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
私の炉は今にも爆発しそうな勢いで火をあげる。ソウルイーターが私の命を喰らう。私の瞳
は鮮血よりなお赤く、肌は内部からの力の圧力でひび割れ始めた。そして、髪は呪われたよう
に真っ白になっていく―――爆発的な力が私を突き動かす。
「そうだ、それでいい。小娘!!」
激しい剣戟の響きが町中に響く。
ヤツの一撃で吹き飛ばされそうになりながらも、反撃をする、が決め手には欠ける。
肉を少し削っているだけでは勝てない。ヤツの一撃も威力を増してきている。このままでは
負けるのは間違いなくこちらだ。
「まだだ、まだこんな程度ではなぁっ!!!」
予想通り、弾くことが不可能が一撃が迫る。咄嗟に遥か後方に飛ぶ。当然間に合うはずがな
い。防ぐのではなく、攻撃を繰り出し、威力を殺す。
「くはっ――!!!」
しかし、私の体は面白いように吹き飛ぶ。
ヤツの下から上へと振り上げる攻撃だったこともあり、私の軽い体はかなりの高さにまで上
がりながら吹き飛ぶ。視界の端に家々の屋根が映る。
壁に叩きつけられ、ようやく止まる――が、叩きつけられた壁は、どうやらかなりの高さだ
ったらしく、すぐに落下が始まる。
不恰好ながらも着地。全身を使って衝撃を逃がすが、完全に消すことができない。
「ぐぅぅぅぅうううう……」
あまりの衝撃に血と共に呻きが洩れる。骨が数本折れ、内臓も破壊されていた。私はすぐに
魔力を全身に漲らせ、回復に努める。身体機能的にはすぐに回復するが、痛みという危険信号
がまだ強い。気にならないレベルにまで落ち着いてもらわねば。
周りを確かめる。元いた場所から二区画ほど離れた場所のようだ。随分と飛んだものだ。
「だ、大丈夫、か……?」
ふと、視界にこの町の自警団らしき男たちの心配そうな表情が飛び込む。混乱する。
「なん、で……急いで逃げてっ!!!」
まだ避難していなかったなんて……誰かを守りながらなんて無理だ!
男のすぐ後ろにも同じように自警団の連中がいた。
「し、しかし……!」
どうやら男たちは何が起こっているのか理解できていないようだった。
この地域にはそんなに強いモンスターは存在しない。町の防壁を破って侵入してくるモノが
いるなんて想像していないのだろう。
「貴方たちじゃ勝てない! はや――」
と、その人ごみの中に彼女を見つける。
「カズサ……?」
「ミリナっ! よかった、追いつい―――」
「ばかっ!!!」
なんでこんなところにいるのだ? 逃げろと言ってきたはずなのに!
「ミリナ……な、なんとか混乱に紛れて――」
「早くっ! 貴女には守らなければいけない人が…アズサくんがいるでしょう!!!」
彼女の言い分を無視して、とにかく叫ぶ。
「な、なにがあったのっ!? ミリナ普通じゃない! それにその姿―――」
そんなことはどうでもいいのにっ! なんで、どうして!?
はやくしないと死神が来る! アレはその名の通りの――
そして、その通りに家々の壁を突き破り死神は私に追いついた。
「くぅっ!!」
無理矢理体を起す。そして、そのままヤツに突っ込む。
「今のうちに逃げてぇ!!!!!」
絶叫と共に飛び掛る。
渾身の力を込めた一閃。だが。
「茶番は終わりだ。そちらも体が暖まっただろう」
ヤツも一撃を放つ。まるで隕石。私の一撃はあっさりと弾かれ、そのまま地面を抉る。
「くぅ―――っ!」
その衝撃で軽く吹っ飛ぶ。だが、もうこれ以上は下がれない。
すぐさま突っ込む。
渾身の『一撃』では止まらないのなら、―――何撃でも叩き込んでやる。
脳天、額、喉、鎖骨、上腕、鳩尾、脇腹、睾丸、膝裏…全て同時に叩き込む!
閃きすら見せぬ速度で繰り出す。
「まだ、甘い」
だが目にも留まらぬ速度で繰り出したはずの攻撃をあっさりと手で受け止め、そのまま刀を
握り……私ごと振り上げて、そして地面に叩きつける。
「―――かっは!」
意識が一瞬で消えそうになるが、視界に入ったまだ残る人々を見てなんとか繋ぎ止める。
なんで逃げてくれないの? どうして? そこにいたら死んじゃうのにっ!!
「外野が貴様の気を散らせるのか。ふん、確かに邪魔だ」
一瞬で朦朧とした意識がはっきりする。ヤツはすでに剣を振りかぶり……その先には……。
やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろおおおおおおおお!!!
「ああああああああああああああああっ!!!」
自分でも驚くほどの速度だった。赤い火が迸り……一瞬でヤツの懐に潜りこみ、体全ての力
を使って刀を振り上げる!
「ぬぅっ!?」
今まで最高の一撃だった。やつの左肘から肩にかけて裂け、体制を崩す。
しかし、それでも遅かった。ヤツの放った衝撃波はすでに―――
いつかどこかで見た光景。このままさらに攻撃を続ければ。
でも――私は何も考えもせずに、当然のように次の瞬間には動いていた。
カズサの前に立ちヤツの衝撃波を受け止める。力の奔流が私の意識を消し飛ばす。
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