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 いつから私の心から憎悪が小さくなり始めたのだろうか。
 間違いなくわかるのは、火が灯ったあの日。間違いなくあの日――。

 『死神のツルギ』。それが私の仇。本当は何という名前なのかは知らない。
 その男が私の村へやってきた。そして、どんな経過があったかは、その場にいなかった私に
は知る由もないが、たった一日で村人は全員殺された。
 …――私の父も姉も。
 二人とも義理の父で、姉であったが、とても優しかった。私も二人がその男に殺された、と
聞かされた時は、目の前が真っ白になった。血の繋がっていた兄は殺された現場を見ていた。
私の比ではないほどに憎悪の火に身を焼かれていただろう。
 生き残ったのは私と兄の二人だけ。
 私たちは幼いながらも復讐の旅へ出た。最初のうちは、辛かったが、今にして思えば全然辛
いと言えるものではなかった。
 父の知り合いの人によくしてもらえたし、残った遺品を売ったりしたりで、それなりに余裕
はあったのだ。
 復讐の旅と言いながらも、兄と二人での旅は正直楽しかった。
 兄は困った人は見捨てられない性格で、旅は一向に先へ進まなかった。まぁ目的地が明確に
決まっている旅ではなかったし、それでもよかった。
 しかし、ある大きな戦争に参加したとき、あの男――死神のツルギは戦場にいた。
 挑みはしたが、あっけないほど簡単に破れ、私たちは絶望した。あまりの大きな差に。
 兄はその時には決意していたのだろう。代々私の方の家に伝わる武器。命を喰らうといわれ
ているあの刀、ソウルイーターを使うことを。
 一度故郷に立ち寄ったときに兄はその刀を回収したようだった。
 本来の使い手――私の一族だが――でない兄がその刀を使う為に、血を刀に吸わせていたよ
うだ。そうしなければ、本来の力を出せないというふざけた刀だった。
 兄は徐々に弱っていき、だが逆に刀はその力を漲らせていき……。
 戦争も終盤へと差し掛かった頃に、私たちはツルギに最後の戦いを挑んだ。
 兄のソウルイーターの威力は絶大で、あの強大なツルギと互角に戦うことができた。だが、
その兄の姿は変貌していた。肌はひび割れ、目は赤く血走り、髪は真っ白になっていた。
 そんな兄を私は複雑な心情で見ていた。仇を前に、兄の心配をしていた。だから、あんな油
断を生んだ。
 激しい戦闘で、兄の一撃はツルギの一撃を弾き飛ばし、絶好の隙を作った。
 しかし、弾き飛ばされた力は私目掛けて飛んできた。反応の一瞬の遅れ。それが簡単に私の
命を摘む。死を覚悟したが、兄はツルギに眼もくれずに私を助けてくれた。幼い頃からずっと
願っていた瞬間。父と姉の仇を討てるその瞬間。それをあっさり捨ててまで助けてくれた。
 だが、そんな状態を見逃すほど死神の目は甘くない。兄はそのまま斬り捨てられた。
 死神のツルギは興が冷めた、と止めを刺すこともなく、その場を立ち去っていった。

 兄はなんとか一命を取り留めたが、傷は深く、治りも悪かった。
 私は何度も謝った。私の油断が兄を苦しめているのだ。
 私は何度も怒った。なんで私なんかを気にしてたんだ、と。

 ……でも、兄は当然のようにいつも笑うだけだった。

 兄はその後、剣を持てないまでに弱り、立ち上がることすらできなくなり……。
 そのまま永遠の眠りに落ちた。

 何度自分を呪ったかわからない。何度その悪夢を見て、飛び起きたかわからない。
 結局、私はその呪いを死神のツルギへの憎しみに転化させ、生きてきた。

 もう10年ほど昔の話だ……。
 あまりに長く、そして気がつけば、とも言える10年。兄さん、私はおそらく変わってしま
いました。もうあの頃の私はいないのでしょうか。


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